宮崎:
久しぶりにお会いしますが最近はどのような研究をされているのですか?
家森:
これまで、世界25カ国61地域の長寿地域や短命地域を約30年掛けて回り、食事と健康寿命の関係を研究してきたわけですが、今は、そこで分かったことを多くの人に広める活動をしています。
具体的に言うと、これまで世界中の死亡原因として問題となっていたのは感染症でしたが、これには多くの先進国がワクチンを製造、配布して対策が進んできたわけです。しかし、今は非感染症である生活習慣病の方が世界中で蔓延して大問題となっています。
■アフリカで健診をする家森先生
宮崎:
原因はやはり食生活ですか?
家森:
そうです。間違った欧米の食事がアジア地域にも普及してきて、油を大量に使ったファーストフードや砂糖がたっぷり入った飲料を沢山食べるようになり、特に人口の多い中国やインド、インドネシアなどのアジア地域では若い世代から生活習慣病になる人が多くなり、その対策が急務と言われています。
宮崎:
なるほど、そこがテーマなんですね?
家森:
これら非感染症の予防には『知識』というワクチンが必要で、何をどう食べるか、その国々に合った形での『知識のワクチン』=『食育』が重要となっています。これら『知識のワクチン』を世界中に広めるため、その国の食材で、その国で食べられるものを使って、生活習慣病を減少させるにはどうすればいいのかといった研究を、インド、インドネシア、韓国の研究者と共同で研究しています。
宮崎:
でも日本では管理栄養士に期待できるのではないですか?
家森:
そうですが、栄養の専門家として予防の分野でもっと活躍できるようにしなければいけない。
今お話したように、世界中で生活習慣病は蔓延しています。
その生活習慣病の予防にこそ重要な任務を担っていると考えています。
しかし、今は管理栄養士が有効に機能しているとはいえない。
宮崎:
へーどうしてですか?
家森:
生活習慣病を予防するには毎日の食事が大変重要です。人間の体は口から食べる栄養によって維持されています。しかし、何をどれだけ、どのように食べるのが良いかは、人それぞれ違います。自分にあった食習慣を見つけるには、現在の自分の状態がわからないと出来ないのです。
つまり、病気になる前の予防の段階で、個人の体の状態から今の食生活を評価する手段を持っていないからです。
■アフリカ マサイ族の血圧を測定している家森先生
宮崎:
いやいや、食事記録や食事の問診票みたいなものがあると思うのですが...
家森:
自己申告なので面倒な割りに説得力もないし、それほど有効でもない。
先にも話したように、世界中の長寿地域や短命地域で食事調査をする際に、その国の人が食べているものをどのように調べるか、栄養評価の方法が問題でした。従来の調査では、「昨日は何を食べましたか」「この3日間で何を食べましたか」などと質問して聞き取ったり、毎日日誌をつけてもらったりするのが一般的なものでしたが、このような調査法は世界調査では通用しないんです。たとえば、日本人が「味噌汁を飲みました」といえば、濃い目なら塩分は2パーセント、薄目なら1パーセントといった具合にどのくらいの塩をとったかがなんとなくわかりますが、現地の方が現地の料理名でいわれれば、それが、どのような料理で、どのような成分が入っているか全く分かりません。より正しいデータをとるためには、聞き取りではなく客観的な数値を調べる必要があるのです。
宮崎:
なるほど。で、どうしたのですか?
家森:
最も簡単なのは、実際に食べたものを調べることなんです。実際に我々の調査でも食べた食事とまったく同じものを同じ量だけとりわけて残しておいてもらったこともありました。
水を一杯飲んだら、大きな容器 に一杯の水を入れる。ワインだったらワインを入れるという方法です。それを大きなミキサーで混ぜて、一定の 量をパックして冷凍して持って帰りました。
しかし、食べたものとまったく同じものを食べるものとは別に用意するのは面倒だということで、なかなか協力してもらえませんでしたし、検疫でひっかかり出国入国できないこともありました。
宮崎:
確かに大変だ
■アフリカで健診をする家森先生
家森:
そこで、他に調べる良い方法がないかと考えて思いついたのが、24時間採尿です。
宮崎:
24時間採尿?
家森:
つまり、1日分の尿の成分を調べることで、その間にとった塩分やその害を打ち消すマグネシウム、カリウム、などの量を推測することができると考えたのです。
これなら、食べたものすべてを集めるのと比べてずっと楽にデータをとることができます。
宮崎:
そうかも知れませんがホントにわかるんですか?
家森:
だから、その方法論を1983年の国際会議で発表し、それが正しいことを証明するための予備研究を実施しました。
宮崎:
うまくいったのですか?
家森:
それが大変だったのです。
最初はいくら24時間尿で食べたものが分かると言っても、1日分のおしっこが全部入るような大きな瓶を、何処に行くのも持って歩くというのは、なかなか協力が得られず、来る日も来る日もどうすれば簡単に集める事が出来るか試行錯誤でした。
しかし、その甲斐あって完成したのが『アリコートカップ』(海外では『ヤモリズカップと呼ばれています』)です。
ビールジョッキサイズで2重底になったプラスチックの容器で上の部分におしっこを入れて、ボタンを押せば、下の容器に40分の1の量を集める仕組みになっています。こうすると、大きな瓶を持ち歩く必要もなく簡単に24時間尿を集める事が出来るのです。
このアリコートカップは、後日、世界中で尿を集めるときに絶大な威力を発揮することになりました。使い方が簡単なので、どこへ行っても誰にでも、説明すればわかってもらえます。アフリカのマサイ族の人たちは、「おもしろい!」と喜んで、革紐を使って腰にぶら下げて歩いてくれました。
こうして、尿を集める画期的な方法が編み出されたことで、食事の成分を知ることが容易となり、調査をするにあたり、大変有効であることが証明されたのです。 この結果を見て、世界中の研究者はようやく納得して、世界中の人々の尿を集めて、食事と健康の関連を調べるべきだということに気づいてくれたのです。
WHOとの共同研究としてスタートした「循環器疾患と栄養国際共同研究」は、24時間尿を集める事ができたから世界中で調査ができました。この調査結果は、今や誰もが知っていることですが、健康を維持するためにはバランスの良い食事が大切であるということのきっかけになったと言っても過言ではないと思っています。
宮崎:
食育の活動にも使われているのですね。
家森:
私共の研究室では講師(管理栄養士)が中心となって24時間採尿を使って食習慣の改善をアドバイスする取り組みも行っています。中には「私は減塩に気を使って食事をしているので、基準値(食塩摂取基準:男性9g未満、女性7.5g未満)を下回っているわ」というような人でも実際測定してみると17gと言う数値になる人もいます。そう言った人には数値をお知らせして管理栄養士と面談しながら、何が要因かを探っていきます。そうすると毎食「漬物」を食べていたり、減塩醤油にしているからといって、何でも醤油を掛けていたりする人もいます。24時間尿の数値は自分の排泄物から出たものなので、ごまかす事が出来ません。その数値を知らせてあげることによって、自身の食生活を客観的に見直すことに真剣になる事ができます。その改善方法も、3度の食事をすべて替えるには、大変負担もかかり、ストレスにもなり、続けることが難しくなります。もしその人は塩分も多めで、カリウムも少ないのであれば、味は少しだけ薄めにして野菜を沢山食べるように心がけるだけで、野菜に含まれるカリウムが塩分を排泄してくれて、塩分の害を防ぐ事が出来ます。その次の段階で、味を少しずつ薄めていけば、24時間尿の結果も数値として減っていくので改善効果も見られ、俄然やる気も起こってきます。
■オーストラリア アボリジニに時間採尿の説明をしている家森先生
宮崎:
管理栄養士さんでも普段の指導に使えるのですか?
家森:
病気になれば医師の診断を受けるしかありません。しかし病気になる前に予防するのは普段の食事から得られる栄養が重要であることは何度も話しました。その栄養の専門知識を持っているのは管理栄養士の皆さんです。その専門的知識を生かして栄養改善を行うには24時間採尿の結果を使うことは大変有効だと思っています。数値を示すことは、子供からお年寄りまで全ての人に分かりやすい方法です。24時間採尿は受ける方ご自身が自らで集める排泄物なので説得力もあります。
これを有効に使ってアドバイスすることは管理栄養士にとって大きな武器になると私は信じでいます。そして、24時間採尿を使った食育が、生活習慣病の予防に活用されればとてもうれしく思います。
- 家森 幸男(やもりゆきお)
- 1937年、京都市生まれ。京都大学大学院修了。
医学博士、島根医科大学、京都大学大学院教授を経て、両名誉教授。
現在、武庫川女子大学国際健康開発研究所所長、
(財)兵庫県健康財団会長、WHO循環器疾患専門委員。
高血圧の研究から脳卒中ラットの開発し、脳卒中が予防出来る事を実証。
世界25カ国61地域を、20余年を費やし調査。
大豆や魚介類を常食する食文化地域では、健康長寿であることを証明。
現在は、世界各地の、食文化を尊重しつつ食生活改善に努める。
【著書】『ついに突きとめた究極の長寿食』
『世界一長寿な都市はどこにある?』『大豆は世界を救う』他多数