言語聴覚士のPACE(ペース)訓練のご紹介


夏のスタートから酷暑ですね。

皆さんお元気でお過ごしでしょうか。私は暑いのが苦手で、毎年この時期に体調を崩してしまうので、睡眠と水分を十分摂って、今年こそはダウンしないようにと気を付けています。

言語聴覚士(ST:Speech-language-hearing Therapist)の事を皆さんに知って欲しくて、コミュニケーションや嚥下の話を毎回させてもらっています。今回は、以前の話で登場した失語症の訓練の一つである「PACE訓練」を紹介したいと思います。

失語症の訓練では、言語機能回復の訓練、実用的コミュニケーションの訓練、心理面や社会面の援助などを行っています。

「言語機能回復の訓練」は、「絵カードを見てその絵の名前や何をしている場面かを言う(書く)」「ことばを聴いて(読んで)何枚か並んだ絵カードの中から適する絵を選ぶ」等、一般的に言語訓練のイメージになっているのではないでしょうか。

一方で「実用的コミュニケーションの訓練」は、回復が制限される言語面に加えて、非言語的コミュニケーション手段を確保するために行います。

PACE訓練(Promoting Aphasics' Communicative Effectiveness)は、日本語で「コミュニケーション能力促進法」という実用的コミュニケーション訓練の一つです。

①新しい情報の交換
②コミュニケーション方法の自由な選択
③情報の送り手と受け手の対等な役割分担
④内容の伝達に成功したかどうかのフィードバック

といった4つの原則で訓練を行います。

まず始めに利用者様と言語聴覚士の間に、絵カードを裏返して積み重ねます。その後、利用者様とSTが交互に1枚ずつ絵カードを取り、様々な伝達手段を用いて内容を伝え合います。

絵カード.jpeg

(写真は手製カードの一部です)

私はこの「PACE訓練」が好きで、失語症の利用者様全員の訓練に取り入れています。

ことばが思うように使えなくなってしまった状態でも、コミュニケーションを取ることを諦めて欲しくない、使える手段を残らず使って少しでもコミュニケーションが取れたら、という思いで行っています。

STと利用者様で行うのはもちろんですが、ご家族がおられれば、ご家族と利用者様、他のスタッフ(看護師やセラピスト)が訪問に同行する機会があれば、スタッフと利用者様で伝え合いを経験してもらっています。

絵を見て名前がすぐ言えればそれに越したことはありませんが、失語症特有の喚語困難(わかっているのになんという名前だったかことばにできない)状態になると、初めは誰でも黙り込んでしまいます。

そこで受け手の私の出番です。「絵で描けそうですか?」「大きさを手で表せますか?」「それをどうやって使うかジェスチャーで表現してみてください」と促します。

それでもなかなか伝えられない時は、「それは食べるものですか?」「動物ですか?」等YES-NOで答えられる質問をして答えをしぼっていきます。

ことば、絵、ジェスチャー、指差し等伝達手段は何でもいいので、送り手と受け手のやり取りを繰り返しながら最終的に伝達できれば成功です。

「PACE訓練」を繰り返し行うことで、利用者様やご家族に伝達手段、伝達方法を知ってもらい、日常のコミュニケーションで少しずつでも利用してもらえたらと思っています。

先日、ことばが出にくいある利用者様との「PACE訓練」で、その利用者様は、何かを口へ入れるジェスチャーをした後、ゴクンとすぐ飲み込むまねをされました。


「食べ物ですか?」と尋ねるとYES反応。「口へ入れてすぐに飲み込んじゃいましたよね」と言うと「そうそうそれや!」とすぐ飲み込んだことが重要ポイントだという反応。

そこで私がピンと来て「薬ですか?」と言うと「そう!!」と笑顔で伝達成功の返事をして下さいました。

この利用者様は失語症の影響もあって、ことばだけでなくジェスチャーもスムーズには行いにくい方ですが、何回も「PACE訓練」を繰り返すうちに、顔の表情やぎこちないジェスチャーを組み合わせ、なんとか伝達しようと工夫できるようになってこられました。

また、ジェスチャーで表現しにくい時はすぐにノートを広げて絵に描いて伝えようとして下さいます。なかなか伝わらないこともありますが、諦めずに何回も繰り返し伝達してくださっています。

交代してSTから伝える時も、ことばだけでなく、ジェスチャーや絵を描いて伝える事に挑戦しています。ジェスチャー表現は結構難しく、絵心がない私は、絵で伝える事もかなり苦戦していて、日々利用者様と共に訓練中です。

コミュニケーションは一方的に行うものではなく、送り手と受け手の協力で成り立つキャッチボールのようなものです。送り手が伝えにくければ、受けてから積極的に質問して近づいていくこともできます。

皆さんもぜひ、周りの人とどんどんコミュニケーションを取ってみてください。自分の投げたボールが相手に届いて上手くキャッチしてもらえたら、とっても嬉しい気持ちになれますよ!

キャッチボール画像.jpg